粒うに発祥の地から「うに」情報を発信しています

ここ下関は粒うに発祥の地として有名ですが、なぜゆえ
「下関でうになの?」という疑問があります。
うになんてどこでもとれるじゃん?
そう、うにはどこでも獲れます。その秘密を解き明かすカギを発見しました!
その昔、北前船が賑やかだった頃、下関は全国でも有数の都市であったと言われています。あの天下の台所、大阪に対して「西の浪速」と言われていたぐらいですから、その繁栄ぶりはすごかったのでしょう。
そんな北前船に乗って、下関の商家、佐甲家から加賀藩主 前田利常に「ウニ」が送られ、そのお礼の書状があるとの情報を入手しました!早速その資料がある長府博物館へ問いあわせたところ、書状はあるのですが、そこに書かれているのは「唐水母」。これはとうくらげと言われるクラゲの一種だそうで、うにではないそうです。
残念!

これがうにであれば、とても面白いなーと思ったんですが・・・

でも、その当時から下関に様々な品物が集まり東西の国々へ運ばれていったのは間違いありません。
そのような流れに合わせウニが集まり、加工し保存の技術が開発されていったのだと思います。

もしかしたら、高杉晋作や坂本龍馬たちも下関のうにをつまみに談義をかわしていたのかもしれませんね。