粒うに発祥の地から「うに」情報を発信しています

先日の下関とうにの歴史についてです。
ある本に明治36年にあった大阪の博覧会で下関のうにが賞を取ったという記載があります。
どんな賞だったのか調べてみると面白いことがわかりました。
その博覧会はどうやら明治36年に行われた第5回内国勧業博覧会というものだとわかりました。
それに関する資料を探していると国会図書館に「審査報告」という資料がありました。
その中の水産製品の部分を読んで見ても、山口県のうにが賞を取ったという事が書いていません。ずいぶんと量も多い報告書なので、まだ十分に探し切れていないこともありますが。
しかも、うにの加工品は福井県のものがいいと。
これはどうしたことかと探していると、明治35年の都道府県別水産缶詰製品の生産統計が出ていました。
これを見ていてびっくり。

当時、日本で生産量が多かった順です。
北海道の鱒水煮で603230(単位が読み取れず!)
山口県の鮑水煮600000。
山口県の雲丹504000。
神奈川県の海苔味付432000。
北海道の鮭水煮323805。

県別でいうと、北海道の方が製品数が多いのですが、
山口県も大したもんです。

そしてこれを製造価格別でみると・・・
山口県の鮑水煮150000円
神奈川県の海苔味付86400円
山口県の雲丹84000円
北海道の鱒水煮80292円
神奈川県の時雨蛤67640円

と山口のダントツぶり。
明治26年に下関の日本銀行に就任した
高橋是清の年俸が2000円だったと言われてますので、
その額の多さがわかりますね。

日銀の支店ができるわけだ。